取材

postalkは熟議を深める道具になり得るか


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postalkを使ってくださっている方にお話を伺うインタビューシリーズ。今回はブロックチェーンエンジニアで大阪大学大学院情報科学研究科の特任研究員も務める「合同会社SG」の落合渉悟さんをお迎えします。

川野とは10年来の友人同士でもある落合さんは、2022年5月に初の自著「僕たちはメタ国家で暮らすことに決めた(フォレスト出版)を上梓。「ブロックチェーン技術を使って戦争も貧困も搾取もない世界を実現する」とうたう落合さんが、どこへ向かっていくのか。興味が湧いた川野が取材を申し込み、今回のインタビューが実現しました。

目次

十年間を振り返って

川野:今回は僕たちの10年間を振り返りつつ、現在から未来に至るまで、落合くんの話を聞かせてもらいたい。

落合:付き合いは長いのに、こうやってちゃんと話す機会はなかなかなかったよね。

川野:そうだね。まずは時計の針を戻して僕らの付き合いはじめから振り返ろう。あれは僕が大学を辞めて福岡に戻った頃だから……2013年くらい? 知人の会社の飲み会でたまたま知り合ったんだよね。

落合:そうそう。ちょうど俺がプログラミングを始めた頃。その後、川野くんが入ったTechnical Rockstarsに俺も数カ月遅れて参加した感じだよね。そこでIoTプラットフォームの「Milkcocoa」の開発をスタートアップで担当して。

川野:振り返ってみると、当時のスタートアップの経験があったからこそ今があるんだって改めて思うよね。それで、2015年くらいに落合くんはTechnical Rockstarsを辞めたと記憶してるんだけど、どうして辞めちゃったの?

落合:うーん。辞める理由を探していたっていうのもあるし、チームとしての最適解を考えたら自分が辞めた方がいいだろうと思ったんだよね。人が会社を去るときって2パターンあると考えてて、1つは「俺の方がうまくできるって感じたとき」で、2つ目は「何もかもうまくいかなくなってしまったとき」。俺の場合は……。

川野:ああ、ということは「Technical Rockstarsよりももっと面白いことをできるんだぞ」と思って辞めたって感じ?

落合:そうだね。当時は“傭兵”として働くことが多かったから、正直に言うとつらかった。特に若い頃ってどうしても自分のアイデンティティを模索したり、大事にしたいと考える時期だから、ただただ働くってことができなかったんだと思うね。

川野:確かにね。それで、Technical Rockstarsを辞めた後は、スウェットエクイティにちょっと関わって……インドネシアのジャカルタでも働いていたよね。

落合:うん。Technical Rockstarsを辞めた後、いろいろやっていく中で、いくつかの企業から誘いを受けたんだよ。その中の1つに「インドネシアの企業でCTO(最高技術責任者)をやりませんか」っていう依頼があって。これは若いうちにしかできない経験だと思ったし、日本と比べて規制がほぼないからアプリの力をもっと生かせるんじゃないかという期待もあって、思い切って行ってみた。

それで、僕がインドネシアに行ってから瞬く間に「Gojek(ゴジェック)」っていうサービスが大盛り上がりしたんだよ。配車サービスも宅配も何もかもがこれ1つでまかなえるっていうやつで、一気にインドネシアがスマート化していって……その爆発的な変化を間近で見られたのは、得難い体験だったと思う。

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川野:そうした経験は、今の落合くんにも影響してる?

落合:そうだね。正直に言うと、それまでは「結局、会社は大きいところが勝つんだろう」っていう投げやりな気持ちで働いてたんですよ。何かに影響力を与えるポジションってすごく限られているから、結局は大きくないと意味がないんだろう、って。

でもインドネシアはそうじゃなかった。例えば、向こうはクレジットカードがつくれない人がほとんどなんだよ。そのかわりに割賦払いはOKになってるから、通販サイトで買い物をするときには役所の証明書なんかを提出しないといけないわけ。そういう金融機能を内包したアプリをつくるのが俺の仕事のひとつだったんだけど、そういうことをしていると「この国の金融はこれから発展していくんだな」としみじみ感じて。

川野:人生観が変わる体験だったわけね。

落合:うん。ちょうどイーサリアムが発表された時期でもあって、ますます「イーサリアムを基盤にインドネシアの金融はこれから立ち上がっていくんだ」って感じてさ。その頃、ちょうど片岡っていう日本人と知り合って、イーサリアムからビットコインの話になったんだよね。個人的な研究として調べて話していたら、インドネシアに来るような日本人ってカオスが大好きだから、盛り上がっちゃって。

川野:そこから片岡くんと一緒にブロックチェーンの技術開発を行うCryptoeconomics Labを立ち上げたって流れか。今は?

落合:今は合同会社SGを立ち上げて、人を雇って技術を教えることもやってる。俺の肩書きの1つである「ソリディティエンジニア」ってね、多分、日本には本当に数えるくらいしかまだいないんですよ。

川野:ソリディティエンジニア?

落合:簡単にいうと、ブロックチェーンエンジニアの中で最も使われている言語が「ソリディティ」。これをまともに使いこなせるようになるにはブロックチェーンのことをしっかり知っていないとダメで、知識と技術の蓄積がものすごく必要なんだよ。だからこそ仕事の依頼も増えてきているんだけど、俺だけじゃまわらないから、人を雇おう、と。

川野:なるほどね。正直に言うと、僕は暗号技術にあまり関心がないんです。だから、一体なぜそこまで落合くんが惹きつけられているのかがすごく気になる。

落合:スマートコントラクトってリーガルレボリューションだと思うんだよ。普通、契約書って相手がいないと作れないじゃん。でもスマートコントラクトは相手を決めずにプログラムに合致する条件の匿名の相手なら誰でもいつでも受け入れるし、そういう書きかけの契約同士を連結してとんでもなく複雑な金融処理を1つの関数に圧縮してしまう。つまり、今まで法律で定義してなかった空白地帯が急に生まれたっていうのがモチベーションの源かな。

権力者のいない組織を可能にする「Alga(アルガ)」

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川野:そのモチベーションが2022年3月に公開されたアプリケーションの「Alga(アルガ)」につながっているんだね。Algaについても詳しく教えてください。

落合:簡単に説明すると、町内会とかPTAとかマンションの管理組合とか、身近にある自治体よりも小さな公共団体の運営を効率化するためのツール。組織って、必ずといっていいほど中央に権力が集中するシステムになっています。つまり、もしも中央の人々が悪意に満ちていて、彼らが権力を握ってしまったら、やがて組織は崩壊してしまうということ。でも、もしも正しい民意がしっかりと表示できれば、悪意をブロックできると思うんだ。それをブロックチェーン技術で実現しようとしているのが、Algaだね。

川野:どうやったらそんなことが可能に?

落合:Algaで採用したのは「DAO(分散型自立組織)」の手法。DAOはブロックチェーン上に存在する組織で、中央の管理者がいないから世界中の人々が協力し合って成り立ってるんだよ。透明性も高いし、誰でも組織に参加できるから、民意に基づく民主主義が実現できている。

川野:例えばAlgaでDAOを利用するとして、どんな使い方が想定できるんだろう。

落合:町内会をDAOとして運用するイメージです。町内会ってどうしても役職者の負担が大きいし、会費の不正利用が問題になることもあり得る。でも、DAOを導入すれば町内会費の使い方もみんなで公正に決められる。権力が存在しない組織だから、一人一人に意見を言う権利があるし、スマホにAlgaのアプリケーションを入れさえすれば、みんなが参加できるから、スマホで意見を出すこともできる。もしも悪意のある行為が発生したら、参加者は議論して決議を行うから、争いも起きにくい。

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(左:「僕たちはメタ国家で暮らすことに決めた」P172-173の図より、右:同書P189の図上部より)

川野:今後、実際に使っている人の話を聞いてみたいですね。

落合:たまに「こんな組織の運営方法があれば……と思っていたことが具現化されていて驚いた」と言われることはあるよ。何となくだけど、最初は学校で使われる気がしてる。岐阜県の教育委員会の方が「学校の校則を子どもたちに決めさせているが、さらに民主主義教育に役立てたい」と言っていて、そうした場でAlgaが使われるのはすごく理想だね。

川野:楽しみですね。Algaについては深掘りするとどんどん話が広がっていってしまうので、ぜひ一人でも多くの人に落合くんの初の著書「僕たちはメタ国家で暮らすことに決めた」を読んでもらえたら、と(笑)。

postalkは熟議の道具

川野:この本を読んだとき、この手の本にしてはお金儲けではない話だなって感じたんだよね。ブロックチェーンに限らずですが、「建前はさておき、本音はお金儲けでしょ?」って話が多いけど、この本はそことは違う位置にある。ですが、フラットに読むとあまり目新しさがないようにも感じた。ヒッピーカルチャーから続く、楽観的な技術主義の話に読めてしまう……それで、実際はどういう風に使われているの?っていう。

だから、今日僕が落合くんに聞いてみたかったのは「熟議」について。本の中では「民主主義の基本は議論=熟議をした上で結論を出すことだが、現実はこうした場が不足している」というようなことが書かれてあったけど、じゃあ具体的にはどうすれば熟議ができるようになるのかを聞きたい。

落合:そうだなあ……。実は、次に本を書く機会があるなら、人間同士の「分かり合えなさ」について書きたいと思ってるんだよね。僕はこの人間の分かり合えなさの構造を「EPAB」って表現してるんだけど。EはExpansionで「拡大」とか「拡張」。Pは「保護する」のPreservation、Aは「前提」のAssumption、Bは「先入観」や「偏り」のBiasね。

例えば経済や美を追求しすぎると不自然な状態に陥ることもあるから、通常はEとPだけで熟議が生まれると思いがちなんだけど、でも、本当に厄介なのはBのバイアスで、これこそが熟議を阻む最たる要因だと思ってるんですよ。なぜなら、時間をかけて醸成されたバイアスは、解きほぐすのにも時間がかかるから。しかも、我々はAssumption(前提)を明示してコミュニケーションをとることですれ違いをなくそうとしているのに、そもそも前提が間違っている場合は、間違った前提と先入観っていう認知の歪みがさらに生まれるから、余計に大変で。

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川野:「分かり合えなさ」が熟議を阻むというのは同意ですね。最近、福岡の柳川市が舞台のドキュメンタリー映画「柳川堀割物語」を観たんだけど、これがすごい良くて、落合くんにも観てもらいたいんだよ。

落合:2、3回くらい薦められたね。

川野:今でこそ観光名所になってる柳川だけど、過去には汚染・汚濁化を理由に「掘割」を埋め立てようとする計画があって。でも、市職員の広松さんという男性が地盤沈下がおこる可能性が高いことを指摘され、何とか昔ながらの掘割をみんなで再生させようと奮闘するんだ。

最初のうちは「柳川をきれいにしよう」って言ってもほとんどが「別に埋め立てられてもいいじゃん」という感じだったんだけど、それでも数え切れないほど飲み会を開いて、地元住民たちの懐に入り込んで理解を得ていく。これを観てね、相手の誤解を何とか解消しようとするんじゃなくって、付き合い方や関係性を変えるだけでも大きな変化が得られるんだって気づいた。

落合:おもしろい。

川野:僕自身がコミュニケーションに難があると自覚しているから、付き合い方や関係性には気をつかっていて、それを助ける道具がpostalkだと思ってる。ちなみに、本の中で熟議をするツールとしてpostalkを挙げてくれてたよね。だから僕も取材依頼をしたわけですけど、落合くんにとってpostalkってどんな存在?

落合:プリミティブなものだと思ってる。壁に付箋を貼る感覚って、ほとんどの人は持っていないと思うんですよ。壁は壁、付箋は付箋と分けて考えている。でも、postalkはそれを統合して「議論するときに使う道具ってこうだよね」を示してくれた。

熟議の道具の第一想起を取りに行こうとしている感じがするんですよね。Algaはあるシチュエーションにさしかかったときに「このツールを使おう」と、多くの人にいちばんに想起してほしいと思ってつくっているから、議論の道具としてのコンセンサスを目指すチームとしてリスペクトしてます。

さっき、分かり合えなさの大きな要因はAとBという話をしたけど、これを減らすときにも使えると思うんだよね。パーキングエリアっていう手法と同じで、付箋を壁に貼っていって、余計な意見を脇に置く、っていう。そしたら熟議を阻むものもなくなる。

川野:うれしい。ありがとうございます。でも、落合くんは「AとBを減らす」って表現をしたけど、僕は分かり合えなさのためにそれらを減らすよりも、よしなにつきあっていく方法を考えた方が熟議は深まるんじゃないかなって思うんだよね。そういう実践的なアプローチはどう?

落合:「減らす」っていうよりも「可視化する」の方が良いかもね。まずはAとBがあることを認めて、その上でどんなことを話すべきかを考える。

川野:うん。postalkは「考えるを娯楽に」っていうミッションを最近立ち上げたんですよ。人間には考えさせたいし、考える場所をつくるべきだと思ってる。そして、その場がpostalkでありたいな、と。

落合:なるほどね。

川野:今回の本に書かれているような理論の話ももちろん大切だけど、大事なのは理論と実践の2つが合わさっていることだと思うから。だから、落合くんも地区の寄り合いや町内会に参加してみたらいいのにって思うし、「柳川堀割物語」の広松さんみたいに、泥臭いやり方でいいから、どんどん飲み会に顔を出してみたらいいんじゃない?

落合:いや、めっちゃ顔出してるよ! カラオケも行くし……北島三郎の歌も覚えたからね。

川野:今後の話も楽しみです!本日はありがとうございました。

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